異文化間コミュニケーションの仲介者として
—Acting as an intercultural mediator—

英語担当:三浦 愛香 教授(専任教員)

2024/09/24

研究紹介

OVERVIEW

立教大学外国語教育研究センター三浦愛香教授(英語担当)にご自身の研究内容や今後の抱負等についてお聞きしました。

学生時代(大学や大学院、海外留学など)の経験や学んだこと。そして、現在の大学でのお仕事について。

レディング大学の卒業式<1998年>

私は1994年に日本の高校を卒業後、渡英し、レディング大学およびランカスター大学大学院で言語学を専攻した後、1999年に帰国しました。足かけ6年におよぶ留学生活になるため、学生時代の思い出は、話せばきりがありません。立教大学外国語教育研究センターの教員として、様々な言語や出身の先生方と外国語教育に携わる視点から、特に印象深く思い起こす体験をいくつかお伝えしたいと思います。

英国の大学は、いろいろな国籍・人種・出自の方であふれており、コスモポリタンな空間でした。そして、自分が何者であるかと意識する時は、一アジア人というアイデンティーを持って過ごしていました。仲良くなった友人達も、世界各国からやってきたいろいろな国や地域の出身でした。

レディング大学の寮で年越しそばを作る<1997年>

ランカスター大学大学院のクラスメートと寮で持ち寄りパーティー<1999年>

そのため、英国以外の様々な異文化に触れる機会も多くありました。
1年目の夏休みは、長距離バスでヨーロッパを1か月かけて周遊、寝泊りは寝袋という格安ツアーに南半球からやってきた若者達に混じって独りで参加。

2年目の夏休みは、ポーランド人の友人を訪ねてチェコとの国境近くに数週間滞在。当時ポーランドは民主化されて数年しか経っておらず、EU加盟前だったため、ロンドンの領事館で発行してもらったビザを携えて入国しました。

ギリシャのロードス島にあるリンドスのアテナ神殿にて<1996年>

そして、3年目の夏休みは、授業や寮で知り合ったギリシャ人の友人達に招かれて、クレタ島とロードス島に2週間ずつ滞在。世界史で学んだミノア文明のクノッソス宮殿やカミロス遺跡のアクロポリスに立つという夢のような体験をしました。ちんぷんかんだったギリシャ語が(英語で“It’s all Greek to me.”と言うと、「ちんぷんかんぷん」という意味になります)、周囲の人の会話をよく聞いていると、だんだんいろいろな単語の意味が分かってきて、子供のように言葉を少しずつ自然に獲得していると実感する体験もしました。30年近く経った今でも、「こんにちは」、「おはよう」、「おやすみなさい」、「これ」、「はい」、「いいえ」(ギリシャ人の「いいえ」のジェスチャーは、日本人のように頭を横に振らず、下から上に縦に顎を上げます)などの言葉は、空で言えるほど体に染みついています。
美しい景色やおいしい食事、異国の文化や生活習慣、そして異なる価値観やコミュニケーションスタイルを持つ世界に身を置くことは、刺激もあり、感動もありますが、思わぬハプニングや大きな戸惑い、そして英語も日本語も通じない場で感じる孤独など、当時20歳前後の私は未熟さと甘えもあり、実際つらいと感じることも少なくありませんでした。

特に、「ここは自分の家ではないのだから、お行儀よくしなくては」という日本的発想から抜け出せず、「何が飲みたいの?」と聞かれても「何でも良いです。」という相手任せの曖昧な答えを連発し、「主体的に行動できない意志のない受け身のおとなしい日本人」という印象を植え付けてしまっていたかと思います。「お客さん」として無意識に遠慮がちに振る舞う私は、 “Make yourself at home.”という言葉の意味が分かっていませんでした。

もちろん英国で遭遇した忘れられない出来事もいくつもあります。

1995年の夏に、ロンドンに一人で1週間ほど滞在していました。街を探索していると、あちこちの施設にて、太平洋戦争の写真が展示されており、“VJ Day”と呼ばれるお祭りの日が近いということを知ります。道を歩けば、なぜか通りすがりの女性や男性に、突然中指を立てられたり、国に帰れ!と罵声を浴びせられたりする。ふと辞書を手にとってVJ Day を調べてみたところ、“Victory over Japan Day”(対日戦勝記念日)の略語であると記述され、日本を打ち負かした記念すべき日という単語の並びを目にして大きな衝撃を受けました。この年は、戦後50年の節目の年だったのです。いつも肌身離さず持ち歩いていたこの小さな辞書にはその語と意味が掲載されていたことにそれまで気づいていなかった自分の無知を恥じました。

それから数年後の1998年の夏、当時の天皇皇后両陛下が国賓としてご訪英されました。連日テレビで流れるニュースの映像は、バッキンガム宮殿の前で日の丸を燃やし、両陛下のパレードに背を向けて、ブーイングをする英国人達の姿でした。彼らは、勲章を胸に正装したお年を召した方々で、傍らにいる家族に支えてもらったり車椅子に乗ったりしていました。その方々は、旧日本軍の捕虜経験のある元英国軍人だったのです。その光景を目にして、私は言葉を失いました。そして、大学の図書館に行って日本の新聞各紙を読んでみましたが、私が目にした騒動については全く触れておらず、両陛下が英国で大歓迎を受けたことのみが書かれており、一つの出来事が180度異なる発信のされ方をしていることにさらに衝撃を受けました。

留学を通し、物事を一面的ではなく多面的に捉えることで初めて自分と異なる価値観を持つ相手の背景に触れることができる、そうすれば、例え相手と相容れず相手の立場を十分に理解することができなくとも、自分とは異なる存在として相手を認めて尊重することができる、そして、自分が何者なのかを自分で捉えることができなければ、自分というものを相手に知ってもらい受け入れてもらうことはできないのだということを、身をもって若い時期に体験したことが、私の今の生き方や物事に対する姿勢につながっていると思います。そして、外国語教育研究センターでの諸外国語の教育は、こうした体験に道を開く一端を担っていると感じ、その教育に携わる教員としてその責任の大きさとかけがえのない大きな価値を見出している日々です。

ご自身の研究に興味を持ったきっかけ、そして今後の研究計画について。

イタリアのピサで開催された異文化間語用論・コミュニケーションの学会にて<2024年>

私は、学生の頃から「語用論」という分野に関心を持っています。学部の卒業論文および修士論文では、日本人英語学習者が日本語や英語で書く文章の構成を英国人が書いたものと比較し、博士論文では、日本人英語学習者の発話を収集した言語データベースを用いて、異なる習熟度にある学習者が買い物をする際にどのような表現を使って依頼をしているのかを分析しました。

この分野に興味をもったきっかけは私の個人的な失敗から来ています。英国の大学に入学して最初に躓いたことは、エッセイ(学術的なレポート)の書き方でした。「あなたの書いている文章は単なる感想文だ。頭の中に浮かんだことをそのまま書き出すのではなく、学術的な根拠に基づき、何を目的としてこの文章を書いているのかを読み手にわかるような構成で書きなさい。」とチューターに呼び出されてみっちり個人指導を受けました。「英国人の学生に求められるのと同じ学術パフォーマンスを実現できなければ、大学は卒業できないよ。」と厳しくも愛あるお言葉を受けたほどです。また、留学当初、日本の家族とのコミュニケーション手段はファックスだったので、大学のオフィスに行き “I want to send a fax to Japan.”と言ったところ、事務の方が私のそばにやってきて、「人にものを頼む時は、wantは強い命令口調になるから、もっと丁寧なcould you?を使うべきよ。」とそっと小声で教えてくれました。いずれも日本で受けた英語教育では全く教わったことがないことでしたが、はっきりと言葉にして教えてくれる英国人の親切さが身に沁みました。

語用論の分野では、「ことばを使って何をするか」ということをテーマに、場面や文脈に即して適切にことばを使ったり理解したりするコミュニケーション能力について扱います。この「場面や文脈」に即して「適切に」というのが、実は外国語学習者にとってはとてもハードルの高いことなのです。前述のように、幸いにも私は留学中に「あなたのコミュニケーションスタイルはこの場面や文脈では適切ではないよ。そして適切と言われる基準はこうなんだよ。」と教えてくれる方に出会うことができました。

英国ウォーリック大学のLiddicoat教授(2023)※1によると、こうした異文化間的な要素の違いを説明することをIntercultural Mediation(異文化間の仲介)と言い、仲介役ができる人のことをMediatorと呼びます。私は日本に帰国後に就職してから数年は公私ともに四苦八苦していました。相手の遠回しな言い方を文字通り捉えて真意を理解できなかったり、態度が大きく遠慮が足りず失礼だと注意されたりと、自分はただ自然にふるまっているだけなのに、その言動を周囲に受け入れてもらえないと感じる葛藤の日々でした。今では、留学時の異文化体験と帰国後の逆カルチャーショックを通し、外国人の友人や同僚、留学生に、日本では自分を一方的に主張するよりも相手を立てるコミュニケーションスタイルが好まれる傾向にあると伝えたり、日本人学生に英語ではassertiveにコミュニケーションを取ることが求められることを教えたりしています。

※1 Liddicoat, A. J. (2023). Intercultural mediation in language learning. In I. Kecskes (Ed.), The Cambridge handbook of intercultural pragmatics (pp. 815-835). Cambridge University Press.

しかし、同じ言語や文化的な背景を持っている人々の間でさえも、「適切」と捉える範囲が異なり、文脈や場面にも左右されることから、正解が一つではないというのが語用論の特徴です。また、外国人として異文化要素を机上で学んだとしても、表面的な知識にとどまってしまい、真の理解とそれに基づいた言動に結びつけることが難しいという現状もあります。私自身が教師としてMediatorとしてさらに成長するだけでなく、Mediatorとなるポテンシャルを持った言語学習者や言語使用者を育成するにはどんな教育や体験が効果的なのかについて今後の研究課題として探っていきたいと考えています。

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