言葉の先へ

フランス語担当:関 未玲 教授(専任教員)

2025/01/07

研究紹介

OVERVIEW

立教大学外国語教育研究センター関未玲教授(フランス語担当)にご自身の研究内容や今後の抱負等についてお聞きしました。

先生の研究テーマや、現在取り組まれている研究についてお聞かせください。

作家キム・チュイさんとの登壇(2023年)

私のこれまでの研究は、大きく3つに分けることができるかと思います。第一はフランス文学研究で、おもに20世紀フランス人女性作家のマルグリット・デュラスの作品について研究しています。デュラスは作家として文学作品を発表していますが、創作活動の幅が広く、映画のシナリオや演劇の台本を手掛けたことをきっかけに、映像作品を撮ったり、自身の演劇の舞台化にあたって演出も行なっています。当時フランス領であったインドシナで生まれたデュラスは、生涯東洋と西洋の狭間で執筆を続けた作家です。二つの文化圏のなかで、東西・男女・老若・人種のヒエラルキーが重層的な構造のなかで対人関係を歪めてしまうことを鋭く描出した作品に惹かれて、研究を始めました。また1914年生まれのデュラスが生きたのは、フランスが多くの植民地を有したフランス帝国とも呼ばれる時代から、第一次・第二次大戦を経て、アルジェリア戦争や五月革命が起きた動乱の時期でした。最初の夫ロベール・アンテルムは強制収容所に収容され、瀕死の状態にあったところを助けられて再会を果たすのですが、現実にはこれが悲劇の再会となったことをデュラスは赤裸々に『苦悩』のなかで明かしています。どこまでもレアリストな視点で時代をみつめ、それを躊躇なく作品のなかで描くとともに、そこにエクリチュールの抽象化・普遍化というフィルターをかけて推敲していったデュラス作品は、今でも私たちに大きな視座を開いてくれると思っています。

第二の研究としては、フランス語圏文学の研究です。フランコフォニーと呼ばれる「フランス語圏(の連帯)」は、用語としては1880年に地理学者であったオネジム・ルクリュが最初に用いたとされていますが、理念としてはセネガルの初代大統領であり、「ネグリチュード運動」を率いた詩人のサンゴールがチュニジア大統領らとともに、文化的・友愛的な共同体を目指したのがきっかけとなって、今につながっています。さまざまなデータはありますが、現在世界のフランス語話者は3億人と言われています。当初フランコフォニーの連帯はアフリカ諸国からフランスに働きかけられましたが、新たな植民地主義を目指しているのではないかとの批判を懸念してフランスが参加に消極的だったため、カナダのケベック州に白羽の矢が立ちました。カナダで唯一フランス語のみを公用語とするケベックが、現在フランス語圏共同体の輪を率いる中心となっています。ケベックはカナダ連邦建国の過程で、連邦政府の憲法を批准しないことでいまだに外交権を持つ特殊な歴史を有しています。そのケベックに移民として10歳から家族とともに移り住んだ作家キム・チュイの作品を研究対象として、翻訳を手掛けたり、論文を発表しています。サイゴンに生まれたキム・チュイの家族はベトナム戦争終結後にボートピープルとして祖国を去らざるを得ず、彼女の作品でも、作家自身を彷彿とさせるベトナム系の女性主人公がマレーシアの難民キャンプを経てカナダに移住する物語が描かれています。ケベックに移り住んだ後に、仕事の関係でベトナムに戻った作家は、改めて祖国を再発見する機会を持ちます。チュイの作品では、地理的な差異だけでなく、時間的な差異も同時に織り込まれるため、安易な東西の対照的表象に陥ることなく、主人公がさまざまな枠組みから両者の差異を少しずらしながらみつめてゆきます。ちなみにキム・チュイは、デュラスと同じベトナム出身ということもあってか、マルグリット・デュラスの作品が好きでその影響を受けているとも語っています。

第三としては、自身のフランス語の学習体験を日々のフランス語授業にいかに還元して、より効果的かつ効率的に履修生がフランス語を学修できるようになるか、フランス語の教育方法について研究を行っています。その一環として、これまで10冊を超える参考書や教科書、E-learning教材などの開発を手掛けてきました。近刊の教科書として『ボン・セジュール!』(駿河台出版社刊)25年発売予定)がありますが、本書は留学に有効な会話モデルをまとめて、海外言語文化研修などの短期、あるいは中・長期の留学に役立ててもらうことを目指した教科書となっています。遠回りしてしまったと感じる自身の学習方法を反面教師として、次世代には少しでもショートカットでフランス語の力を伸ばしてもらいたいという願いから、1冊ごとに思いを込めて執筆しました。フランス語は合理的かつ論理的な言葉です。文法も体系化されているので、じつは法則さえ覚えてしまえば、容易に学べる言語と言えるのです。

ご自身の研究の面白さ・醍醐味はどのような点にあるとお考えでしょうか。

2013年からデュラス研究会を主宰し、日本の研究者と議論を深めたり、日本ケベック学会や総合社会科学会の理事として他分野の研究者と交流を築いてきましたが、国際学会や海外の研究誌への寄稿などで世界中の研究者とともに研究活動ができることは大きな励みとなっています。またケベックの作家であるキム・チュイや、フランスの作家マリー・ダリュセックと、通訳を兼ねて一緒にトークショーに登壇するなど、貴重な機会を得ることができました。

シドニーでのデュラス国際学会(2016年)

国際フランコフォニー学会(2024年)

恩師ミレイユ・カル=グリュベール先生と(2024年)

さらに2024年度にはパリ第3大学大学院時代の恩師ミレイユ・カル=グリュベールを本学招へい研究員としてお呼びし、公開シンポジウム「20世紀フランス文学の検証—ミレイユ・カル=グリュベールの文学批評を中心にヌーヴォー・ロマンとその後の系譜を追う」を11名の日仏研究者とともに開催することができました。このような経験、そして国際学術交流で得た知見を、日々のフランス語授業に還元できることは幸せなことだと思います。

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