音の探求からスペイン語教育へ新たな提言を

スペイン語担当:松本 旬子 准教授(専任教員)

2025/09/10

研究紹介

OVERVIEW

立教大学外国語教育研究センター松本旬子准教授(スペイン語担当)にご自身の研究内容や今後の抱負等についてお聞きしました。

【1】先生の研究テーマや、現在取り組まれている研究についてお聞かせください。

スペイン語の音に関する研究をしています。スペイン語ネイティブが、ある音をどのように知覚しているのか、どのように発音しているのか等を、調査し分析します。さらに、その研究結果を、日本語母語話者へスペイン語を教える際にどう生かしていくべきか、具体的な提案をすることを最終目的にしています。

現在はxの文字に子音が続く際、スペイン語ネイティブがどのようにxを発音するかということに興味があり、それが研究の中心です。さまざまな音声コーパスのデータを分析して、現在は[ks]が主流であり[s]は異音であると考えています。日本で出版されている教材にはxに子音が続くときは[s]と発音すると教えるものが多いので、この研究結果に基づき、記述の見直しを提言しています。2010年代あたりから見られる変化ではないか、という仮説も立てています。音声コーパスは21世紀以降に出現したものが中心ですが、コーパスを使って発音の移り変わりを検証していきたいです。

2017年11月 Universidad Nacional de Educación a Distancia (UNED)で開催されたVII Congreso Internacional de Fonética Experimental (CIFE 2017) が私にとって初の国際学会参加です。基調講演開始直前のこの写真の撮影者は、なんと我らが泉水浩隆先生!

2023年9月 Universidad de Burgosで開催された33°Congreso Internacional de ASELEでの発表の様子。

【2】ご自身の研究に興味を持ったきっかけについてお聞かせください。

スペイン語も日本語も母音が5つであることや、いわゆるローマ字読みでスペイン語はおおよそ発音できることから、日本語母語話者にとってスペイン語は簡単だという俗説を耳にしたことがある人は少なくないでしょう。その真偽はともかく、発音の難しい英語と比べても、スペイン語を「流暢に」話す人が実際にはあまり多くなく、単純になぜだろうと疑問に感じたのが、スペイン語の音に興味を持ったきっかけです。

後述しますが、私は17歳の時に1年間ボリビアへ交換留学しました。クラスメイトやホストファミリーに助けられつつ、現地校に通い、高校も卒業しました。数ヶ月で意思疎通には不自由しなかったと記憶しており、帰国直前にはずいぶんと「流暢に」コミュニケーションが取れるようになっていたとの自負もありました。ところが帰国後、NHK BSのワールドニュース内で初めてスペインのTVEを見たところ、まったく分からなかったのです。ボリビアで身につけた言語はスペイン語ではないのかと疑うほど、大きな衝撃を受けました。

サンティアゴ・デ・コンポステーラのアラメダ公園から見る大聖堂

2025年2月25日 Universidad de Santiago de Compostelaで「Dificultades de los alumnos japoneses desde el punto de vista fonético aprendiendo español」と題して講演をさせていただきました。

さらに、大学時代にボランティアで2週間、アルゼンチン コルドバの高校から迎えたバスケットボールチームのアテンド兼通訳をしました。期間内のスケジュールはつつがなく終えることができ、チームのメンバーにとって思い出深い東京滞在となりました。私も彼らと非常に良い友好関係を築くことができたので、1年後私が中南米へ旅をした際にはコルドバへも立ち寄りました。ところが、現地入りすると彼らの会話にまったくついていかれないのです。話に加わることもできない。話し相手によるのですが、酷い場合は、自分に向かって話しかけられていることすら理解できませんでした。でも私が言うことはすべて伝わるのです。懸命に話しかけてくれる相手が何を言っているのかわからない。このときはただただ申し訳ない気持ちになりました。留学初期にスペイン語でまだコミュニケーションができなかったときよりも辛い記憶です。

この2つの出来事は、単純に私のスペイン語力の低さに起因していたことは後に明らかになるのですが、文字でのコミュニケーションであれば難なくできることも、音では成立しないことを実感する強烈な体験となりました。これが、音という視点からスペイン語を研究すること、さらに音を通してスペイン語教育の発展に寄与したいという思いにつながっていきました。

【3】ご自身の研究の面白さ・醍醐味はどのような点にあるとお考えでしょうか。

かつて音声学者は、自分や周りの人の発音を分析することしかできませんでした。音声録音ができるようになると、カセットやCD、ビデオなど市販の媒体に録音された音声の分析や、録音をした実験協力者の発話分析も可能になりました。しかし昨今のデジタル化とインターネット普及という技術革新は、巨大なコーパスに自分のパソコンからいつでもアクセスできるという、さらに大きな変化をもたらしました。計画を練り、多くの人の協力を得てデータを収集するのが実験ですが、そのプロセスを経なくても、広い地域や年齢層のデータを大量に集めることができます。コーパスから得たデータを使い、ある事象の信憑性を検証するのは大変面白いです。これまで既知の事実とされていたことが、現状にはそぐわないとわかることもあります。「今」のスペイン語に、現地に赴くことができなくても触れるという、時機に適した研究ができているように感じています。そして、その研究結果を即座に日本のスペイン語教育に還元できれば、研究に取り組む意義も大きいだろうと考えます。

2022年12月 UNEDのAlicia San Mateo先生を招へい研究員としてお迎えしました。その最終講演です。

2025年3月 そのAlicia San Mateo先生とともに本学の学生のために作成した語彙練習帳。2年半越しにようやく完成しました。

【4】学生時代(大学や大学院、海外留学など)の経験や学んだことについてお聞かせください。

私は幼稚園から高校までずっと同じ学校に通っていました。友人には恵まれていましたが、与えられた温室のような環境を出ていきたい、知らない世界を体験してみたいという思いは中学生の頃から強くありました。そして高校で1年間交換留学に行くことを決めましたが、英語はそれまでの教育や短期留学の経験から自分でその先も学習を進めることはできるだろうと判断し、せっかくなら英語圏以外に留学したいと考え、希望国を選びました。

選考の結果ボリビアへの派遣が決まります。さらにボリビアの中でも決して都会とは言えないベニ州の州都トリニダという町に行くことになりました。温室育ちな上に東京を長く離れたことのなかった私には驚くべき異文化体験の連続でした。物理的にも心理的にも遠い地球の裏側で、日本とのやりとりは手紙のみ、トリニダ文化にどっぷり浸かって、他の留学生とともに現地の高校生活を謳歌し、サバイバルレベルのスペイン語を獲得しました。まったく異なる世界に1人、限られた時間だとわかっているから乗り越えられたと思います。家族やそれまでの環境から離れて暮らす中で改めて考えることも多く、人間として成長した時期でした。精神的に強くなりました。
大学および大学院修士時代をとおして、スペイン語は授業やゼミで使っていましたし、私の中のラテンアメリカンアイデンティティもそれなりに熟成したのですが、アカデミックな世界には不向きだと感じたため、大学院卒業後は就職をしました。1年半だけの社会人生活でしたが怒涛の日々で、その先の人生を熟考するときとなりました。大きな分岐点でした。そしてスペイン語と真剣に向き合うことを決意し、会社を辞めてスペインに渡ることにしたのですが、その頃になってようやく、漫然となくではなくきちんと勉強する姿勢を身につけ、自分の力の限界を見定めることができるようになったと思います。もう20代も後半になっていました。

1994年11月 卒業式直前にクラスメイト達と帰宅途中に撮った写真です。Colegio Madre Setonというカトリックの女子校に通っていました。私の後ろは同じAFS留学生でニュージーランド人。

1997年2月 ホストシスターの15歳のお祝いのタイミングで初めて「里帰り」しました。華麗なるホストファミリーです。

2002年10月 マドリードの語学学校でDELE準備コースを受講していました。その時の多国籍な仲間とセゴビアへ日帰り旅行した際の1枚。

【5】現在の大学でのお仕事について。内容や、楽しいところ、大変なところを教えてください。

私たちは全学共通教育カリキュラムの言語系科目を担っています。特定の学部の学生を対象にカリキュラムを作って運営するのとは違い、すべての学部の立教生に、同じカリキュラムで、同じ目標を掲げて言語を教えるというのは、容易ではありません。立教大学に移籍して6年経ち、ようやく、やりがいのある仕事であり、意義深いことだと考えられるようになった気がします。まず、多様な学生がいる以上に、そもそも学生数が絶対的に多いので苦慮します。加えて、当然のことですが、履修者数に応じて教員数も増えます。その統括も手配も簡単ではありません。とはいえ、すべての先生方の協力なしには成り立たないカリキュラムです。私たちが作ったカリキュラムに共感した上で教鞭をとっていただくために、細やかな説明と相互理解が不可欠となります。一筋縄では行かないことばかりですが、先生方が授業に手応えを感じ、学生の言語能力の伸長を見てカリキュラムを評価してくださると、勇気付けられます。

2024年10月29日 言語B連続企画「世界を知ろう!」6言語(ドイツ語・フランス語・スペイン語・中国語・朝鮮語・ロシア語)の共同イベント「立教生の留学体験談を聞いてみよう!」が行われました。クロストークの司会を務めさせていただいたときの様子です。

さらに、私はこの数年ロシア語教育研究室と諸言語教育研究室の主任を務めさせていただいています。自分の専門のスペイン語以外の言語に深く関わり、スペイン語圏以外の言語や文化に触れることができています。立教大学が学生に身につけさせたいと謳う複言語・複文化、その視座が私自身も養われる良い機会になったと感じています。

【6】ご自身の今後の抱負や夢、研究計画についてお聞かせください。

スペイン語は、その名前からスペインだけを連想されがちですが、ご存知の通り、アメリカ大陸の広い国と地域で使われている言語です。世界でスペイン語を母語とする人は4億を超え、母語話者数が多いのは、現在のところメキシコ、コロンビア、アルゼンチン、その後にスペインが続きます。これにアメリカ合衆国が加わると、正確な数はわかりませんが、順位が入れ変わる可能性もあるとも言われています。スペイン語は、もはやアメリカの言語だと言っても過言ではありません。

このような状況を踏まえ、これからは、アメリカの言語としてのスペイン語に注目していきたいです。もちろん「正統」スペイン語信奉が根強い事実はありますが、アメリカ大陸におけるスペイン語教育という角度からアメリカの言語としてのスペイン語に注目していきたいです。さらに、ポルトガルでスペイン語教育が今非常に人気を集めているという事情もあり、ヨーロッパでのスペイン語教育も併せて研究を進めたいトピックです。

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

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