ことばの隙間を埋める—似て非なる日本語と韓国語の微妙な違いに魅せられて

朝鮮語担当:金 恩愛教授

2026/03/18

研究紹介

OVERVIEW

立教大学外国語教育研究センター金恩愛教授(朝鮮語担当)にご自身の研究内容や今後の抱負等についてお聞きしました。

先生の研究テーマや、現在取り組まれている研究についてお聞かせください。

「表現の自然さ」という観点から日本語と韓国語の表現の違いに注目した研究を行っています。日本語と韓国語は同じ漢字文化圏という背景とともに、語順がほぼ同じであること、日本語の「てにをは」のような助詞が韓国語にも存在するなど、文法的な類似性を多く有するので、日本語母語話者にとって、また韓国語母語話者にとってもお互いの言語は学びやすい言葉だろうと思います。でも、この両言語の「似ている」は、確かに存在する日本語と韓国語の違いについて気づきにくくする要因になっているようにも思います。私の研究は、両言語の「似ていない」点、「微妙に違う」点に焦点を当てています。

文法的に「〇」「×」のような話ではなく、平たく言えば、「この表現も使っていいと思うけれど、日本語ではこういう表現のほうがより自然かな」「韓国語だとこういう表現のほうがより高頻度で使われるかもしれない」といった表現方法に関する研究です。具体的には、日本語は韓国語に比べより名詞的な表現が好まれ、韓国語は日本語に比べより動詞的な表現が好まれるといったような内容です。これからも似て非なる両言語の違いに注目した研究を進めてまいりたいと思っています。

ご自身の研究に興味を持ったきっかけについてお聞かせください。

日本に留学した当初は、日本語の美しい響きや言葉の奥深さに魅かれて、日本語学習者として日本語の勉強をコツコツと楽しく続けているだけでしたが、留学生として日本で生活していく中でふと気づいた瞬間があります。とても似ていると思っていた日本語と韓国語ですが、日本語を知れば知るほど、「韓国語と全然似ていない。とても似ているはずなのに、どうしてこんなにも違うのだろう」と疑問が湧きました。その時は「違う」という感覚を抱いただけでしたが、その後、「日本語と韓国語の直訳できない構造」というテーマで学部の卒論を書く際に私が感じた日本語と韓国語の違いは、表現上の違いに起因していることに気づきました。以後、私は、日本語と韓国語の似ている点より、似ていない点、違うところに着目し、研究を進めてきました。

ご自身の研究の面白さ・醍醐味はどのような点にあるとお考えでしょうか。

卒論を書く際に、日本語と韓国語が似て非なることに気づいて以降、これら二つの言語の隙間を埋めることに私は興味を持ち続けています。私が埋めようとする隙間は、少し乱暴な言い方をすれば、隙間のままでも特に大きな問題は起こらない領域なのかもしれません。両言語の間に少しの隙間があったとしてもそれで意思疎通に問題が起こるわけでもなく、大きな誤解を生むような性質のものでもないので、今まであまり注目されてこなかったのかもしれません。でも、私は両言語の間に確かに存在する微妙な違いになぜかとても惹かれ、興味を持つようになりました。仮に存在しているとしても「取るに足らない違い」として片付けられてきたその小さな違い、微妙な違いに丁寧に光を当てることで、両言語の隙間を少しずつ埋めていくプロセスは私にとって何事にも代えがたい至福の時間です。

両言語の隙間を埋めるべく、研究を進めていく時、「ことばは生き物」だとういことを実感します。日本語と韓国語が静かに私に語り掛けてくるような感覚です。「ほら、私たちって、似ているように見えて、こことここ、微妙だけど、確かに違うでしょ。私たちの違いによく気づいてくれたね。偉い!気づいた以上は、見て見ぬふりをしないで、研究を進めて、ちゃんとまとめて、みんなにも共有財産として伝えてね」と静かだけれど、とても力強く背中を押してくれるような気がします。私は研究を進めながら時々思うことがあります。日本語と韓国語は私の研究対象でもあるのだけど、私の理解者であり、研究仲間であり、私のチング(=友)であると。これからもチングとともに、両言語の隙間を埋めるプロセスをコツコツと頑張りたいと思っています。

学生時代(大学や大学院、海外留学など)の経験や学んだことについてお聞かせください。

私は韓国人で、韓国の大学では日本文学を専攻しましたが、日本に留学に来てたくさんの「一期一会」を経験する中で人は小さなことで大きく変わる、動くということを学びました。人の意見、批判には逃げずにちゃんと耳を傾け、傾聴する。でも人の意見や批判に埋もれない、流されないで最後の判断は自分でやる。また自分が出した結論については自分で責任を取る。責任を取るということは、どんな結果だろうとそれを前向きに受け入れること。たとえ望まない結果であったとしても助言をくれたり、助けてくれた人への感謝の気持ちだけは忘れないことです。学生時代、特に日本での長い留学生活を通して得られた学びは、どんな結果もその結果はきっとその時の自分にとって必要な結果であること、また、その結果は次なる成長のための時間であるということです。まだまだ学びの途中ですが、感謝の気持ちを忘れず、前向きな気持ちで自分の選択に責任を持つことで、外部からのどんな荒波にも耐え得る自分軸を持てるようになったような気がします。

現在の大学でのお仕事について。内容や、楽しいところ、大変なところを教えてください。

授業以外では朝鮮語教育研究室の主任業務を担当しています。主任業務は多岐にわたり、いろいろやることが多く、正直時々この業務から逃れたいと思う瞬間があったりもしますが、自分の小さな努力の積み重ねが学生の支援につながったり、朝鮮語の授業を担当してくださる先生方の支えになっていると思える瞬間には、「よし、頑張ろう」という前向きな気持ちになります。そして、とてもやりがいを感じます。

ご自身の今後の抱負や夢、研究計画についてお聞かせください。

今後については、研究の面では「日本語と韓国語の隙間を埋める研究をコツコツと続けていくこと」です。また、教育の面では、学習者のかゆいところに手が届く教材開発に力を入れたいと思っています。もう少し広い視野での夢は「ことば」を通して「学ぶ楽しさ」「生きる喜び」「助け合う優しさ」などにつながる執筆活動にも挑戦してみたいと思っています。研究では「格式高くて難しいもの」という偏見を超えたところで出会える「ことばを研究すること」の楽しさ、それを教育につなげていくことのやりがい、尊さなどについて柔らかくしなやかに、韓国語と日本語を友に、力強く続けていきたいと思っています。

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

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