「複言語主義」に基づく新しい英語教育

シンポジウム開催報告(2022年10月8日開催)

2022/10/31

シンポジウム

OVERVIEW

コロナ禍に象徴されるように、変化が激しく将来の予測が困難な現代のグローバル社会において、外国語教育にも新しい役割が求められています。その一つが、複言語主義に基づく言語能力の発達と価値観の理解です。複言語主義とは、一人の人間が(たとえ部分的であっても)複数の言語の能力を持つこと、また、コミュニケーションのための言語を自分の第一言語だけに限定しない価値観を有することを意味します。日本の英語教育において複言語主義へのより深い理解とそれに基づく実践が求められる中、国際的に著名な2名の研究者を招き、複言語主義に基づいた新しい英語教育について考えるシンポジウムを開催しました。

第Ⅰ部 講演会(13:00~15:15)

講演1:
Steve Marshall氏(サイモンフレイザー大学教授)“Plurilingual pedagogy in English for Academic Purposes (EAP) classrooms: An introduction to teaching through a plurilingual lens”


これまで「バイリンガル」(または「マルチリンガル」)とは、母語話者に近いレベルで複数言語を使える能力であると捉えられてきました。こうした「モノリンガル・マインドセット」は、授業は英語(あるいは日本語)のみで行うべきであるなど、現在でも高等教育機関の一部の教育者に根強く見られます。本講演では、こうした伝統的な考えを乗り越え、複言語主義に基づく「オルタナティブな視点」が大学の外国語教育に与える様々な影響について説明されました。

まず、複言語主義では、複数の言語を用いてコミュニケーションを行う場合、話し手は必ずしも1つ、または全ての言語に精通していなくても良く、意図的かつ創造的に言語を切り替え、混ぜることができると考えられています。複言語主義的な視点(plurilingual lens)は、「完全でバランスのとれた言語能力でなくてはならない」という前提に疑問を投げかけます。むしろ、個人の言語・文化は時間やコンテクストによって絶えず変化し、それぞれの経歴、体験、社会的変遷、人生の様々な出来事と影響を与え合いながら、相互に関連しています。こうした複言語主義的な視点を教育・学習の場で用いることで、教師は単一言語主義(モノリンガリズム)を乗り越え、複数の言語と文化が行き交う学びの授業空間を切り開くことができるようになります。

また、発表者自身がカナダの高等教育機関で行った研究プロジェクトについて紹介されました。これらの研究では、様々な専門分野の学習を行うために、学生が英語以外の言語をうまく使っていることが示されました。一方、教師が理解できない言語を使って学生がコミュニケーションする際には大きなジレンマが生じます。こうした課題に対処する方法についても議論が行われました。
講演2:
土屋 慶子 氏(横浜市立大学准教授)「教育や職場での相互行為におけるトランスランゲージングと談話フレーム:共通語としての英語使用時の複言語話者の媒介行為に注目して」


複言語話者同士の複雑な言語使用を「トランスランゲージング」と呼びます。この講演では、二言語(または多言語)話者が教室や職場において、多言語・多文化に基づくアイデンティティの交渉や意味構築のために、様々な記号資源を利用しながらどのようにトランスランゲージングを行っているか、2つのケーススタディを使って説明されました。

一つ目は、日本の大学で行われたCLIL (Content and Language Integrated Learning)の授業で行われた研究です。ここでは、日本人学生(3名)とサウジアラビア人学生(1名)のグループディスカッションにおいて、トランスランゲージングの空間がどのように生まれ、展開するかについて調査が行われました。その結果、トランスランゲージング・パフォーマンスの3つの側面(トランスランゲージングのための参加の枠組み、談話的枠組み、バイ/マルチリンガル・アイデンティティー)が見られることがわかりました。

2つ目の研究は、シンガポールの日系企業におけるカジュアルなランチミーティングで行われました。具体的には、異なる言語文化的背景を持つビジネスパーソン同士の相互作用において、トランスランゲージングの仲介(mediation)がどのように実践されているか検証されました。この分析では、トランスランゲージング空間において、仲介者(mediator)と受け手(recipient)は認識論的スタンス(epistemic stance)を調整しながらコミュニケーションをおこなっていることが明らかになりました。

講演の最後には、トランスランゲージングとELF(English as a lingua franca)研究の今後の方向性や、多言語に対する姿勢を育成するために英語教育にどのような応用ができるか、活発な議論が行われました。

第Ⅱ部 ワークショップ(15:45~17:45)

Steve Marshall 氏“Responding to students writing in English as an additional language (EAL): Input, errors, mistakes, and the whole learner”

ワークショップでは、ライティング教育のアプローチを理解するため、様々なタスクに取り組みました。例えば、実際の学生のライティングを分析しながら、第二言語習得のインプットーインタラクションーアウトプット(input-interaction-output)に関する理論や誤用分析(Error Analysis)、さらに、形成的・総括的フィードバック(formative and summative feedback)について理解を深めました。ワークショップの様々なタスクを通じて、ライティングの間違いの訂正など部分的な側面だけでなく、ホリスティックな視点に立ち学習者の全体性を理解する姿勢が大切であることが示されました。

CATEGORY

このカテゴリの他の記事を見る

お使いのブラウザ「Internet Explorer」は閲覧推奨環境ではありません。
ウェブサイトが正しく表示されない、動作しない等の現象が起こる場合がありますのであらかじめご了承ください。
ChromeまたはEdgeブラウザのご利用をおすすめいたします。