東京外国語大学 CEFR-Jの多言語への応用(第一部後半)
「高等教育機関における言語教育の未来—CEFR-Jの開発と多言語への応用」開催報告(2024年7月31日開催) 執筆者:三浦愛香
2024/10/23
シンポジウム
OVERVIEW
立教学院創立150周年記念・外国語教育研究センター開設5周年記念
立教大学外国語教育研究センター公開シンポジウム
「高等教育機関における言語教育の未来—CEFR-Jの開発と多言語への応用」
※ こちらは、投野由紀夫先生のご講演を基に報告しています。
東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授およびワールド・ランゲージ・センター長 投野由紀夫先生
まず、CEFRやCEFR-Jを語る際に、重要なキーワードとしてcalibrationという言葉があります。CEFR-Jのプロジェクトにおいては、専門家の研修を受けた研究者のチームが、CEFRを細分化した12段階のレベルそれぞれにCan Doディスクリプタから成るCAN-DOリストを執筆し、その妥当性の検証を科学的に行っていることを指します。具体的には、大量の言語データを科学的意図に基づき収集した学習者コーパスやCEFR準拠コースブック・コーパスを構築した上で、Grammar ProfileやText Profile、 Error-Profileのインベントリーを作成し、CAN-DOリストを基にしたテストやタスクの開発、テキストのCEFRレベルを自動的に判断できるオンラインツール等を開発されました。また、現在は、複数の自治体と連携を取られ、各研究協力校にて文科省指定の教科書ともリンクさせたCAN-DOリストをベースとした授業の実施や評価の検証を行い、この一連のプロジェクトには、国内外で英語教育を牽引される大変多くの研究者や現場の先生方が大変多く関わられています。
英語教育に主軸が置かれたこのCEFR-Jを東京外国語大学で専攻できる28言語に応用したプロジェクトが「CEFR-J x 28」です。こちらは、東京外国語大学が2014年度に文部科学省スーパーグローバル大学創成支援(タイプB:グローバル化牽引型)に選定され、その一環として、言語教育改革に向けてCEFR-Jを多言語化し、共通枠で達成度を可視化しようとする試みから始まりました。あまりにも壮大なプロジェクトを牽引された投野先生のご苦労は計り知れないものがありますが、その実現に向けたまさしくcalibrationに基づいた取り組みについてのご講演に、聴衆の私たちは圧倒されました。なお、CEFR-J x 28プロジェクトはこちらのサイトでも詳細を確認できます(https://www.tufs.ac.jp/collaboration/intlaffairs/sgu/cefr-j_28.html)。
本プロジェクトでは、CEFRがヨーロッパ言語以外の言語にはそれほど浸透していないこともあり、まずは、東京外国語大学の先生方にCEFRを知ってもらうことが出発点であったそうです。学内で言語資源を協働で構築し、それを授業や、シラバスおよびテストの開発に活用していくことを通して、CEFR への理解を高めていかれたとのことです。具体的には、(i) CEFR多言語資源構築(CEFRレベル別語彙表、Can Doフレーズのデータベース、機能別表現のデータベース)、(ii) 資源の活用(アプリ開発、多言語ラウンジにおける教員講習での活用、社会人向け講座のオープンアカデミーでの汎用シラバスの構築)、そして(iii)シラバスとテスト開発(英語Can Doテストを基に英日をのぞく26言語でテストを開発し、Readingセクションは全学で実施)の3方向からの包括的な取り組みをご紹介いただきました。こちらは、根岸先生がご講演でも言及されているO’Sullivan (2020)によるComprehensive Learning System (CLS)の概念を基盤とされています。
特筆すべきこととしては、A1~B2レベルの英語のオリジナルの語彙表(約7500語)を基に多言語語彙表を作成されたことが挙げられるでしょう。まず英語の語彙表を対象言語に機械翻訳したものを、各言語で修正していく必要があります。その背景としては、対象言語に訳すと語義が複数になるものや、英語の多義性が対象言語と必ずしも一致しないこと、また異なる言語において特定の習得段階で身に付けるべき語彙が同じではないことがあり、対象言語の教科書コーパスやWebコーパスの高頻度の機能語や基礎語のリストとの整合性を確認しながら、人手で語彙表に修正を加えていく手順を踏んでいます。現在は、Aレベルの語彙表が出来上がっているということでした。また、人手で修正する前の英語から自動変換された語彙表と、各言語のWebコーパス上位3000語のカバー率を比較すると、ロマンス語系の言語は、60%前後と高い一方、アジア言語は30-40%ということで、言語による差異が大きいことが分かります。詳細につきましては、投野先生が発表されたTono (2021)をご参照ください(https://doi.org/10.1075/scl.102.10ton)。
また、語彙リスト(例:ベンガル語版)、British Councilが作成したCore Inventoryつまり習得段階のレベルごとに言語を使う場面に応じてどんな言語機能とその例文を教えるべきかの一覧である例文リスト(例:ビルマ語版)、CEFR-JのCan Doを細分化し、どんなレベルでどんなシナリオの例文を使うかを一覧としたフレーズ・データベース(例:ロシア語版)、Can Doを盛り込んだ汎用シラバスの開発と応用(オープンアカデミーでフィリピン語とドイツ語で既に実施)、全5技能(Listening, Reading, Spoken Interaction, Spoken Production, Writing)において、100に及ぶCan Doをテストする26言語に及ぶ言語テストの概要やインターフェイス(例:ロシア語版)等についても具体的にご紹介いただきました。また、企業と共同で開発中のAI辞書アプリを今秋より各授業と連動させて導入することが予定されており、将来的には全世界での公開を視野に入れているとのことです。
投野先生のご講演では、東京外国語大学の全専攻語28言語で統一した枠組み・資源を構築するという極めてまれにみる、そして世界的にも先導的な外国語教育システム改革を概観から細部にわたって把握することができました。言語を超えた共通の枠組みと言語資源の構築が基盤となっている一方、最終的には、言語ごとの多様性を尊重する観点を看過することはできないというご見解は大変印象的でした。つまり、汎用性があるシラバスを開発することはできても、実際には、各言語の教員による文化的要素や各言語の特徴を組み入れた授業運営が不可欠であるという点です。多言語を扱う東京外国語大学の外国語教育において、英語教育を主軸とするCEFR-Jの応用を通し、英語だけでなく日本語をハブにすることの利点が挙げられているという現場の声をご共有いただけたことも、ヨーロッパ言語とアジア言語の教育を行っている立教大学にとっても有意義な示唆となりました。
そして、ご講演の結びとして投野先生にお話しいただきましたように、多言語に及ぶ外国語教育という同じトンネルを、枠組みや言語資源から掘り進めていく東京外国語大学、そして教科書やテストを開発して教育の現場を起点として掘り進めて行く立教大学、今後、両大学の連携を通して高等教育機関における言語教育の発展に貢献できることを望みます。
英語教育に主軸が置かれたこのCEFR-Jを東京外国語大学で専攻できる28言語に応用したプロジェクトが「CEFR-J x 28」です。こちらは、東京外国語大学が2014年度に文部科学省スーパーグローバル大学創成支援(タイプB:グローバル化牽引型)に選定され、その一環として、言語教育改革に向けてCEFR-Jを多言語化し、共通枠で達成度を可視化しようとする試みから始まりました。あまりにも壮大なプロジェクトを牽引された投野先生のご苦労は計り知れないものがありますが、その実現に向けたまさしくcalibrationに基づいた取り組みについてのご講演に、聴衆の私たちは圧倒されました。なお、CEFR-J x 28プロジェクトはこちらのサイトでも詳細を確認できます(https://www.tufs.ac.jp/collaboration/intlaffairs/sgu/cefr-j_28.html)。
本プロジェクトでは、CEFRがヨーロッパ言語以外の言語にはそれほど浸透していないこともあり、まずは、東京外国語大学の先生方にCEFRを知ってもらうことが出発点であったそうです。学内で言語資源を協働で構築し、それを授業や、シラバスおよびテストの開発に活用していくことを通して、CEFR への理解を高めていかれたとのことです。具体的には、(i) CEFR多言語資源構築(CEFRレベル別語彙表、Can Doフレーズのデータベース、機能別表現のデータベース)、(ii) 資源の活用(アプリ開発、多言語ラウンジにおける教員講習での活用、社会人向け講座のオープンアカデミーでの汎用シラバスの構築)、そして(iii)シラバスとテスト開発(英語Can Doテストを基に英日をのぞく26言語でテストを開発し、Readingセクションは全学で実施)の3方向からの包括的な取り組みをご紹介いただきました。こちらは、根岸先生がご講演でも言及されているO’Sullivan (2020)によるComprehensive Learning System (CLS)の概念を基盤とされています。
特筆すべきこととしては、A1~B2レベルの英語のオリジナルの語彙表(約7500語)を基に多言語語彙表を作成されたことが挙げられるでしょう。まず英語の語彙表を対象言語に機械翻訳したものを、各言語で修正していく必要があります。その背景としては、対象言語に訳すと語義が複数になるものや、英語の多義性が対象言語と必ずしも一致しないこと、また異なる言語において特定の習得段階で身に付けるべき語彙が同じではないことがあり、対象言語の教科書コーパスやWebコーパスの高頻度の機能語や基礎語のリストとの整合性を確認しながら、人手で語彙表に修正を加えていく手順を踏んでいます。現在は、Aレベルの語彙表が出来上がっているということでした。また、人手で修正する前の英語から自動変換された語彙表と、各言語のWebコーパス上位3000語のカバー率を比較すると、ロマンス語系の言語は、60%前後と高い一方、アジア言語は30-40%ということで、言語による差異が大きいことが分かります。詳細につきましては、投野先生が発表されたTono (2021)をご参照ください(https://doi.org/10.1075/scl.102.10ton)。
また、語彙リスト(例:ベンガル語版)、British Councilが作成したCore Inventoryつまり習得段階のレベルごとに言語を使う場面に応じてどんな言語機能とその例文を教えるべきかの一覧である例文リスト(例:ビルマ語版)、CEFR-JのCan Doを細分化し、どんなレベルでどんなシナリオの例文を使うかを一覧としたフレーズ・データベース(例:ロシア語版)、Can Doを盛り込んだ汎用シラバスの開発と応用(オープンアカデミーでフィリピン語とドイツ語で既に実施)、全5技能(Listening, Reading, Spoken Interaction, Spoken Production, Writing)において、100に及ぶCan Doをテストする26言語に及ぶ言語テストの概要やインターフェイス(例:ロシア語版)等についても具体的にご紹介いただきました。また、企業と共同で開発中のAI辞書アプリを今秋より各授業と連動させて導入することが予定されており、将来的には全世界での公開を視野に入れているとのことです。
投野先生のご講演では、東京外国語大学の全専攻語28言語で統一した枠組み・資源を構築するという極めてまれにみる、そして世界的にも先導的な外国語教育システム改革を概観から細部にわたって把握することができました。言語を超えた共通の枠組みと言語資源の構築が基盤となっている一方、最終的には、言語ごとの多様性を尊重する観点を看過することはできないというご見解は大変印象的でした。つまり、汎用性があるシラバスを開発することはできても、実際には、各言語の教員による文化的要素や各言語の特徴を組み入れた授業運営が不可欠であるという点です。多言語を扱う東京外国語大学の外国語教育において、英語教育を主軸とするCEFR-Jの応用を通し、英語だけでなく日本語をハブにすることの利点が挙げられているという現場の声をご共有いただけたことも、ヨーロッパ言語とアジア言語の教育を行っている立教大学にとっても有意義な示唆となりました。
そして、ご講演の結びとして投野先生にお話しいただきましたように、多言語に及ぶ外国語教育という同じトンネルを、枠組みや言語資源から掘り進めていく東京外国語大学、そして教科書やテストを開発して教育の現場を起点として掘り進めて行く立教大学、今後、両大学の連携を通して高等教育機関における言語教育の発展に貢献できることを望みます。